どうも、最近は短めの記事が多い月詠です。「~~論」とか「~~考察」とか全然書いてない。
今回もそんな感じです。でも、気軽に読める記事があっても良いじゃないw


今回の記事のテーマは「天気」。


アニメに限らず創作物において「天気」という要素は、キャラクターの内面や状況などの比喩として使われることも多い存在だと思います。特にアニメは、見た目としても音声としてもその天気の様子というのが良く伝わるので効果的に多用されているように感じます。

例えば、主人公にとって悲しい出来事が起きると雨が降ってきたり、ショッキングな展開に突入したら嵐になったり雷が鳴ったり、あるいは良くない中で光明が見えたり良いことが起こったりすると厚い雲の隙間から陽の光が差し込んだり……。

もちろん、それらはケースバイケース。別に「晴れの日だからこういう描写をしないといけない」なんて決まりごとも方程式もありません。

なので、今回は『あいうら』の11話でそんな「天気」が示していたモノを探ってみましょう。



読んで下さる方は続きへどうぞ。


さて、今回題材として取り上げた『あいうら』11話。



まず、冒頭は一学期の学期末、夏休み前日のいわゆる「終業式」で、天気は「雨」でした。ここにはどのような意図や思惑があったのでしょうか。

考えたところ、おそらく「終業式」というものに対して憂鬱さみたいなのがあるんじゃなかろうか、と思いました。理由は二つ。一つは「明日から夏休みだけど、今日はまだ学校にいかないといけない」という気だるさ、もう一つは「終業式や通知表もろもろ面倒なコトが多い」という鬱陶しさ。
(もちろん「終業式」に対して「明日から夏休み」「基本的には終業式に出て通知表などをもらえば学校が終わる」などからそこまで悪いイメージを持っていない方もいらっしゃるでしょうが、ここではスタッフにそういう意図はなかったのかな、と)

なので、登場人物の一人・彩生ちゃんはいつも以上に登校を面倒くさがり、「ニートになる」とまで言い出したわけで、彼女の憂鬱さ・陰鬱さを「雨」という天気はより一層強く表現してくれる要素になってくれているようにも見えます。



次に最後のシーン。最後のシーンは「夏休み(おそらく初日)」で、天気は「快晴」でした。どうしてこのシーンでは快晴だったのか。前日はあんなに雨だったのに……。

こちらの理由は単純明快ですね。やはり「長期休暇に入ることの喜びや嬉しさ」があるのだと思います。あるいは、夏休みとは一般的に七月・八月のことですから、これから先イベントや行事の多さも含んで「一年で一番熱い季節の本格的な到来」を表現しているのかもしれません。

どちらにせよ、学生たちにとって(あるいは教師たちにとっても?)待ちに待った夏休みの到来で、その心情を察しているかのような天候だったのではないか、と考えられるわけです。思わず夏休み初日の真昼間から彩生ちゃんの家を訪れ、インターホンを思わず連打してしまうほど嬉し楽しい気持ちが溢れているかなかな(奏香ちゃん)の心情が表現されているようで、とても可愛かったですねw



このように『あいうら』11話では、非常にオーソドックスな形で「天気」というものを登場人物の心境や状況をさらに分かりやすく明示するための演出として使われたのではないか、と考えることが出来ます。

もちろん、これが正解とは限りません。こればっかりは作られている監督やスタッフの方に伺ってみないと真相は分からないけれど、それが「こうじゃないか?」「ああじゃないか?」と考えることもアニメを楽しめる一要素だと思います。何より、これからアニメについて論じたり、キャラクターについて考察したりしたいと思っている方がいらっしゃるならこんな簡単で何気ないことがそれを始めるにあたっての取っ掛かりになるのだと思います。

そう考えると、『あいうら』もそうですが5分前後の短編アニメというのは短いからこそじっくりと隅々まで観ることが出来るので、こういう演出や描写に敏感に反応出来るかもしれませんね。まぁ、一番そういうことに気づけるのは思い入れがある作品や好きな作品だとは思いますがw



今回はここまでです。最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。またの機会がありましたら、その時もよろしくお願いします。