今回は2006年のアニメの盛り上がり~2007年のアニメについて振り返ります。
・アニメへの復帰
2006年、わたしは高校3年生でしたが、石原立也監督の『涼宮ハルヒの憂鬱』、谷口悟朗監督の『コードギアス 反逆のルルーシュ』、細田守監督の映画『時をかける少女』によってアニメはにわかに盛り上がりを見せておりました。
山陰地方の普通科高校にまでハルヒは浸透していましたし、この3作品の話題沸騰によって「またアニメが面白くなってきてるのかもしれない」という思いを強くしました。
アニメへの欲求が再燃し、山陰地方ではギアスが放送されておりませんでしたが、BIGLOBEの配信を利用したり、入試で上京した際に携帯のワンセグ機能で録画しておくなど、努力して観ていました。
ただ、ギアスは面白いことは面白いのですが、中学校時代、好きで観ていたアニメとはちょっとズレているという感想を抱きました。
コードギアスの監督はご存知のとおり谷口悟朗です。
谷口悟朗は2001年に『スクライド』、2003年に『プラネテス』、2005年に『ガン×ソード』、そして2006年から2008年にかけて『コードギアス』シリーズを手がけており、その全てに熱狂的なファンがいます。
ですが、失礼ながら、彼に関しては「テレビ屋」という認識がわたしの中から抜けきっていないのです。
つまり、アニメーションを撮るひとというよりは、テレビ番組を作り続けるプロデューサー気質が強い人なのだと思います。事実2000年代に監督作品の他にも複数の作品でプロデューサー的な関わり方をしていますし・・・・・・。
『スクライド』『プラネテス』『コードギアス』を後追いで見て、テレビで毎週見るぶんにはいいけれど、ビデオソフトやビデオ・オン・デマンドで観るのにはあまり適してないのかな、とか、ぶしつけながらそういう感想を抱きました。
ともかく、話題作の続出を機に、アニメへの興味がまた湧き出しました。

・2007年に上京
無事にわたしは大学に現役合格し、東京で一人暮らしを始めることになりました。2007年のことです。
つまり東京生活は6年目になります。
同時に、深夜アニメ歴も6年目になります。
これまでとは比較にならないくらい、視聴可能なアニメが増えました。
しかしその結果、ひとつひとつのアニメの印象が薄まったのは以前に書いた記事(『大切なアニメが、1つあればいい』)のとおりです。
2007年4月。
ハルヒ、ギアスはまだ最新の作品でした。何しろギアスにいたっては最終回が放映されていなかったのですから。
現在はハルヒらきすたを知らずにアニメファンになる若い方が大勢おられますが、当時の京都アニメーションと平野綾の影響力はそれはそれは凄かったのです。
ともかく、2007年の春は、『らき☆すた』が始まり、山本寛が干され、『ハヤテのごとく!』が日曜10時に始まり、『天元突破グレンラガン』がプリキュアの裏番組で始まり、『魔法少女リリカルなのは』の第3作が始まった。
いろいろなことが動き出した季節だったのです。

・あの頃の深夜アニメ

2007年当時を思い返すと--。
現在一線級で活躍されている監督も、このころは売り出し中でした。
たとえば岸誠二。『瀬戸の花嫁』は彼の名声を一気に高めました。実際面白かった。しばらくこのアニメは岸のイメージを規定します。
川口敬一郎も、『ハヤテのごとく!』をきっかけとして出世していった感がある。
長井龍雪も、当時は否定的意見がたくさんあったが、『アイドルマスターゼノグラシア』の監督を務めている。
しかしなんといっても人気の中心は『らき☆すた』でした。
はじめ監督は山本寛でしたが、更迭され武本康弘が急遽監督になりました。
皮肉にも、『らき☆すた』の魅力に気づいたのは武本が監督になってからです。
武本康弘は音の使い方に敏感な人です。彼が監督や演出をすると、作品が独特のテンポを帯びます。
『らき☆すた』の音響面にわたしは最も惹かれているのだと思います。

それから恐ろしくショッキングだったのが『スクールデイズ』です。
これはオーバーフローという会社のエロゲーが原作で、内容は有名なのでいちいち説明しませんが、ともかく最終話が地上波で放映できなかったのです。
監督は元永慶太郎。彼の監督作品はおしなべて低評価です。しかし『スクイズ』最終話の構図などを観ると、彼に映像の才能がないとはとても思いません。狂気です。
もしかして環境のおかげで才能を全開にできないクリエイターもいるのかなあとその頃思いました。
いまでは新房昭之といえば『まどか☆マギカ』の人ですが、わたしが初めて新房作品をリアルタイムで見たのは『さよなら絶望先生』の第一作でした。ですが久米田康治先生のファンとしては原作解釈には不満が残りました。
いまだに新房昭之の最高傑作は『ひだまりスケッチ』だと思っているのですが、それはまた別の話。
『さよなら絶望先生』と同期で『絶望先生』より圧倒的に好みだったのが『ぽてまよ』でした。たしかテレビ神奈川の土曜26時30分開始で、朦朧とした意識の中、もきゅもきゅ言ってたような気がします。監督は池端隆史。2010年代に入って、『探偵オペラ ミルキィホームズ』において森脇真琴をサポートする立場につきます。

『カレイドスター』のもう一人の監督:平池芳正との馴れ初めは『スケッチブック FULL COLORS』でしたが、結局好きだったのは原作とED曲でした。それにしても平池芳正も随分出世したものです。『AKB0048』の監督に抜擢されたのは『カレイドスター』の経験を買われたのでしょうか。河森正治がカレイドスターを観たのでしょうか。
そういえば、『アクエリオンEVOL』の監督が山本裕介です。河森正治が平池と山本を買っているのでしょうか。
2000年代の山本裕介は地味な監督でした。代表作『しあわせソウのオコジョさん』はそれはもう地味に地味に人気を集めたアニメでした。その後も地味な活躍を続けていました。2007年の『ナイトウィザード THE ANIMATION』も地味でした。しかし2010年、突然にして怪作『B型H系』に携わります。
2000年代はkeyと麻枝准の時代でもありました。京都アニメーションの石原立也は『AIR』『Kanon』『CLANNAD』の監督でいわゆる鍵アニメ三冠王です(造語)。しかし、京都アニメーションの名前は皆意識するのですが、監督の石原立也については一切といっていいほど言及しませんでした。いまだに『涼宮ハルヒの憂鬱』の監督がヤマカンと思ってる人も多そうです。
大沼心が『ef tale memoies』において耳目を集めるのも2007年でした。しかしなんといっても彼を語る上で外せないのは『バカとテストと召喚獣』ですが、それは2010年代に入ってからのお話。
今夏『もやしもん』のアニメ第二作が放映されますが、第一作が放映されたのが2007年です。テレビ放送の規制の厳しさに泣いた作品ですが、監督の矢野雄一郎にピンときた人はすごい。そう、『無人惑星サヴァイヴ』の監督です。『もやしもん』第一作の放送と同時に『サヴァイヴ』のことも懐かしく思い返したわけです。
また2007年の秋は斉藤久が『バンブーブレード』で監督本格デビュー、太田雅彦が『みなみけ』で汚名返上。
その後の2人の活躍は説明の余地もないでしょう。
また2007年秋は『レンタルマギカ』も放送開始。監督:川崎逸朗の名前をそこで覚えたのでした。
(つづく)