我々一般視聴者にとってアニメの世界は、知らない事ばかりです。

例えば、よくアニメを語る時に「作画」という言葉を使います。しかし、私も含めてこの言葉の正しい意味を理解し、きちんとした使い方をしているのでしょうか。他にも「撮影」「背景」「音響」などは「作画」以上に我々には未知の世界であります。その為にこれらの事を語れる人もまた限られてきます。そして私自身もこれらに関してよく知りません。こうした事を顧みるに、自分自身がアニメに対して無知蒙昧であり、アニメを語る事に対して余りに無力である事をよく痛感します。

私が自分のブログで語っている事を住宅に例えるなら、家の外装が綺麗かそうでないかという表面的な事を語っている程度でしょう。住宅の内部構造・工法・部材の材質・大工の建て方といった、住宅についてより理解すべき事を見落としていると感じています。

実際にどう作られているのか?
現場は何を行っているのか?
アニメーション制作にとって何が大事なのか?

アニメの作品を鑑賞するという行為だけでは、作品の本質を抉り出すのは決して容易ではないと考えています。
例えるなら、車についてよく知っている人は、カタログの性能を雄弁に語れることだけではありません。実際に内部に興味があり、内部をいじって、メンテナンスし、内部を体で覚えることで事で、車の本質を捉えることができると思うのです。

アニメーションの本質(車でいう内部)は「多数の絵を用いて、動いているように錯覚させる」という技術です。だから作品をより深く鑑賞する際は、アニメについての技術の理解と仕組みをより知る必要があると考えます。では現状、どうやって技術を理解すればよいのか。それはアニメに関して書かれている本を読むことが一番手っ取り早いです。私はアニメについてまだまだ不勉強ですが、勉強になった本がいくつかあります。今回はこの場をお借りして、アニメをより深く考えられる示唆に富んだ名著をご紹介します。

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Methods―押井守「パトレイバー2」演出ノート 押井守著

1993年に上映された傑作、「劇場版 機動警察パトレイバー2」の制作に使用したレイアウトを、監督である押井守が自ら選択、項目ごとに説明を加えた演出ノートです。

これは個人的には超オススメです。まず、押井監督が何を意図して制作しているのかが手に取るようにわかります。各レイアウトの説明を読むと、単なる技法的な解説かと思うのですが、読み進めると「現実と虚構」「平和と戦争」「日常と非日常」の曖昧さ、モニター越しの戦争という作品のテーマを、映像的にどう表現しているのかがわかります。優れた映画というのは「映像手法と作品のテーマが一致している」とよく言われますが、パトレイバー2はこの事に限りない努力と労力を注ぎ込み、「映画」として成立させようと奮闘しているのがわかります。また各説明から押井守の映画論的な内容も語られており、彼の映画感や映画とは何かという問題提起が随所に盛り込まれています。
・「レイアウトの目標、その努力の大半は実はこの「奥行の演出」に向けられていると言っても過言ではありません」
・「(人物の構図は基本中の基本だが)構図上の要請そのものの動機となるべき“演出の意図”が明確に意識されていなければなりません」
カット割りやアングルの選択はキャラクターの動きに沿ってその場面の設定を自然に紹介しつつ、一連の流れを考慮した上で、何を印象づけるかという明確な目的意識から割り出されるべきもの
「何のためにそんな鳥を飛ばすのか?鳥など飛ばなくともそこに空があるように、世界は人間の物語などなくても確固として存在します。映画もまた<物語>などなくとも、すでにそこに存在している筈です」
(パトレイバー2 演出ノートより)
こうした文章を取り出すだけでも、単なる作品解説書の枠を通り越して、自分が監督した作品を叩き上げにしたアニメ映画理論書ともいうべき内容になっています。押井守研究には欠かせない必読書です。

次に荒川真嗣、今敏(故人)、竹内敦志、渡辺隆、黄瀬和哉・沖浦啓之などが描いたレイアウト群が掲載されているのが魅力的です。日本最高レベルのアニメーター達の絵は上手すぎて笑ってしまいます。こんなレベルの絵が描ければ、死んでもいいと本心で思ってしまうぐらいですね。また彼らのインタビューも掲載されているので、絵描きである彼らの仕事への取組み方もわかります。特にこの劇場版パトレイバーという作品は、実際のカメラのレンズの歪みをどう絵(レイアウト)として表現するかを挑戦した作品(このレンズの歪みというのが、作品のメインテーマの一つ)ですので、この挑戦に対する彼らの考えも垣間見ることができます。アニメーターのレイアウトがきちんと意図を持って掲載されている本自体がまだまだ少ないので、その意味でも未だに有用な本です。他にも美術の小倉宏昌、撮影の高橋明彦(故人)のインタビューも掲載され、美術・撮影からのレイアウトに冠する意見が聞ける貴重な内容になっています。

この本は実際に本を横に置きつつ、作品を鑑賞する時に特に役立ちます。私は本に掲載されたレイアウトが使われたシーンになったら、本を読みながら何回も巻き戻しや一時停止を行いながら見ていました。


この本で取り上げた「劇場版パトレイバー2」はこの本で書かれているレイアウトの概念と共に俗に「レイアウトシステム」と呼ばれるアニメの制作システムを完成させた作品として評価されています。「レイアウトシステム」というのは以下の通りです。
日本のアニメ制作の工程の1つで、現場によって多少ニュアンスが異なるが、ラフに描かれた絵コンテから1カットの完成画面を想定し背景の構図とキャラクターの動きや配置を決定してより緻密に描かれた設計図をレイアウトと呼ぶ。
レイアウトシステムとはこの設計図を基本にして映画(アニメ)を制作する方法のことである。レイアウトシステムの利点は、作画作業の前に綿密にチェックが入ることで1カットの質が格段によくなり、リテイクの発生も軽減させるので全篇にわたって質が均等に保たれることにある。(wikipediaより)

レイアウトという概念自体はこの作品より前にありましたが、この作品が業界内で評価を得た事、そして本作の「レイアウトシステム」がこの本を通して紹介されることで、アニメ業界・アニメ制作に大きな影響を与えました。この作品以降、アニメ制作においてこの本で紹介されるような「レイアウトシステム」が積極的に導入され、今ではこの「レイアウトシステム」が一般化しているほどだそうです。つまりアニメーション制作はこの本をキッカケに一段階、次のステップに進んだともいえるぐらい、変えてしまった本なのです。

多くのアニメ作品が昔に比べてリアル化が進み、実写っぽい映像演出が可能になったのも、実写で使われるレンズの歪みまでもアニメでどう表現するかを追求し、その為に「レイアウトシステム」を用いた「パトレイバー(1・2)」と、この「演出ノート」の影響によるものなのでしょう。

ただ残念ながら、現状入手できるのが復刊ドットコムだけのようです。
アマゾンでも入手できますが、プレミア価格になっています。

今回、ご紹介するのはこの1冊です。他にも何冊かご紹介したい本がありますが、チャンスがあれば別の機会にご紹介します。それでは今回は以上です。