こんにちは。おはぎです。

いよいよ来週を残す所となったAB。
このABの作劇を考察するにあたり、原作兼脚本の麻枝准について以前こんな記事を書きました。
その中で麻枝作品のシナリオを例えて言うなら
普通のカレーに擬態したインドカレーではないかという仮説を立てました。
その前提のもと、妄想詩人の手記のおパゲーヌスさんとこんなお話をしました。

おパゲーヌス
: 麻枝作品はインドカレーwww面白い言い方だなぁw

おはぎ: 彼を知らないアニメの視聴者は普通のカレー(普通のお話)だと思って食べてたのですが、違和感がある。 しかしそれはインドカレー(今までとは作りが違うお話)だと思ってたべてないから.しかも普通のカレーに擬態してるのでインドカレーと判別するのが難しい。

おパゲーヌス: ええ、よく分かる例えです。

おはぎ: だから普通のカレーを食べているのに福神漬はついてこない。しかもナンが出てくるし。だから視聴者は混乱する。

おパゲーヌス: しかも、けっこう辛くてヒリヒリするw

おはぎ: 困った事にそのインドカレーにハマると抜け出せない(ハマる)。

おパゲーヌス: あれですよね。きっとスパイスの使い方とかも、普通の料理のやり方を学んできた人にとっては理解しがたいものがあるのでしょうね。ABのOPやED聴いてるとすごく思う。

おはぎ: そうです。それが言いたかった。アニメの視聴者にとっては外国料理だったのかもしれません。

おパゲーヌス: たぶん、へたに日本人に馴染みの食材で作ってあるから、余計にその調理法の違和感が目立つのかもABって、個々のディテールについては、非常に既視感があ るんですよね。「ここは○○っぽい」的な要素が随所に散見されるから、自分のそれまで持っていた価値感と、どうしたって比較検討してしまいたくなります。

おはぎ: インドカレー(麻枝作品)が美味しい人(好きになる人)にとっては一発でハマるみたいですが。(おパゲーヌスさんが言う)既視感というのは、ハルヒに似たヒロイン・SSS団・けいおんを意識したライブとかですね。

おパゲーヌス: ことさらにゲームを意識したシナリオ構成や画面作りとか「成仏」(民間的用法における)のイメージとか。

おはぎ:( 自分がそれまで持っていた価値観と比較すると)インドカレーにだまされる。

おパゲーヌス: だまされるという面もありますし、ディテールが本来の役割(と視聴者が勝手に判断し期待したもの)とは違う活用のされ方をした場合に、それが「合理的でない」として批判の材料にされるのかも、と思います。


インドカレーには普通のカレーとは違った食べ方・楽しみ方があると思います。ABを楽しむには別の視点が必要なのかもしれない事を訴えたいのでした。