ID:yrn1w3

アニプレッション

アニメブログの新たな形を目指します。クロスレビューと各メンバーの個性を生かした多岐な記事を発表する事で、アニメ語りの面白さを伝えられる場にしていきたいです。またメンバー以外でも、ぜひ記事を書きたいという人はツイッターやコメントなどでご連絡ください。

『中二病でも恋がしたい!』第3話 アニメ感想ブロガーの反応

こんにちばんはございます。
「もす!」の神酒原です。

この記事は、京アニ制作アニメ『中二病でも恋がしたい!』のアニメ感想ブロガーの反応を叩き台にして、面白おかしく作品を語ってみようというまったく新しいレビューです。
以下、対話形式で記事を展開していきます。

記事内に原作ネタバレはありません。
それではどうぞ。続きを読む

貴方の「本命アニメ」を教えてほしい

わたしは競馬ファンであるからして、
ついつい、「アニメを評価すること」を、
「競馬の予想をすること」の比喩として考えてしまう。

アニメ作品Aを「今期1番に推す」という行為は、
競走馬Aに「本命印◎をつける」という行為に似ている。
つまり、わたしにとっての、貴方にとっての、
「本命アニメ」は何か、ということだ。

自分にとって本命視しているアニメがあるということは、
そこそこ評価しているが、本命アニメほどではないアニメ、
ノーマークのアニメもあるということだ。
相対評価とは、そういうことだ。

競馬の予想とは、横の比較である。
◎をつけなければならない、
○も▲も△もつけなければならない、
ならば必然的に、横の比較になる。
競馬の予想とは、出走馬同士を比較することであり、
絶対評価ではなく、相対評価である。

そして、アニメの評価も、「横の比較」「相対評価」であると、わたしは思うのだ。
絶対評価ではないと思うのだ。
絶対評価ではだめだと思うのだ。

今回の記事では、
「アニメを評価すること」の重要性について考えてみたい。

アニメ同士に優劣をつけたくない、というかたを、否定するつもりはない。
嫌いなアニメがない、アニメを嫌いたくない、というかたも否定するつもりはない。

ただ、わたしは、アニメを序列付けするのが好きな人間であり、
アニメを序列付けするのが好きな自分に嘘を付きたくない。
だから、ここでは自分基準で書かせていただく。

アニメ同士に優劣をつける物言いや、
「評論」「批評」という言説が好きでないかたは、
この先を無理に読まれる必要はない。続きを読む

一部のオリジナルアニメはなぜ自己言及的になるのか?~制作会社を例に

こんにちは。おはぎです。

今回はいわゆる原作なしのオリジナルアニメについて
なぜ作品のあり方が自己言及的になるかについて語ります。

思いついたのはまっつねさんのこの記事。

まっつねさんはTARITARIの感想にて
合唱部を本作の制作会社であるP.A.WORKSであり
声楽部をProduction.I.Gとなぞらえています。

私も合唱部はPAだろうと見ていました。
というのも花咲くいろはの頃から、喜翆荘はPAの写し鏡である
もしくはああいう集団/組織になりたいという見方をしていたからです。
よって今回のTARITARIも、合唱部をPAと見ていました。

ここで思ったのは、なぜ声楽部=主人公達の集団=合唱部が制作会社になぞらえられるのか。
そしてアニメに出てくる集団/組織が制作会社の気持ちというか何かを反映してしまう言説は
実は前でも起こっていたようにも思えます。

例えば新世紀エヴァンゲリオンのネルフ。
放映当時、ネルフのあの碇司令を中心にした独裁的なシステムはガイナックスではないか。
もしくは庵野監督が私淑した宮崎駿監督のスタジオジブリなのではないかという
話題を口にするのを本で見たような気がします。

そもそもガイナックスのアニメ初作品である王立宇宙軍がそもそも自己言及的な作品です。
物語の大筋は、若き青年たちが有人衛星を打ち上げる、というものですが
これも若き制作スタッフがアニメを作りますということに簡単に置き換えられます。
またメインスタッフである山賀監督や岡田斗司夫さんも
自分たちの立ち居地や状況を作品に反映しているような発言をしていたと思います。

以上のように、全てのオリジナルアニメがそうだとは限りませんが
オリジナルアニメには制作会社の立ち居地・状況・会社として目指したいものが
素直に反映されている作品もあるのです。

この考えを機動戦士ガンダムに当てはめると
補給を満足に与えられず戦線を点々としつつ、内部でいざこざがありながらも
何とか生き延びていくホワイトベース隊は、
当時の制作体制が厳しかったといわれる日本サンライズ(現:サンライズ)の気分を
表していたともいえるのかもしれません。
ホワイトベース隊=サンライズ1スタ、地球連邦=サンライズ上層部みたいな。
ジオンと戦うのはアニメ制作に置き換えられるのかも。

他にもオリジナルアニメと位置づけられるかどうかはわかりませんが、
ストライクウィッチーズも、生まれ・育ち・価値観の違う少女達が一致団結して
ネウロイという未知の敵に立ち向かうという展開も、
GONZOのスタッフと当時の高村和宏さんを中心としたガイナックス所属スタッフが
一致団結してアニメを作るという例えもできるのかもしれません。

ではなぜこうしたスタッフ・制作会社の気分が反映されてしまう作品もあるのか。
これは富野由悠季監督が1998年のニュータイプ6月号の付録
「まるごと富野」で綺麗簡潔に以下のように述べています。

作品は現実の自分のポジションと無関係ではないですね

つまり作品を作るときには、作り手の生の状況や感情が色濃く出てしまう。
特にオリジナルアニメは企画から作り手側が直接的に関わる濃度が高くなるので
作品が現実の自分のポジションと無関係ではいられなくなるのでしょう。
それがゆえに作り手=作品とのシンクロ率が高くなって面白い作品が出てくる側面もあります。

もちろん、この富野監督の発言が全てではありません。
ただ作り手側の状況や空気が色濃くでる作品は存在して
その作品の読み解き方に、組織/集団を制作会社に置き換えるという見方は
各作品の新しい発見につながるのではないでしょうか。

今回は以上です。
 

『中二病でも恋がしたい!』第2話 アニメ感想ブロガーの反応

こんにちばんはございます。
「もす!」の神酒原です。

この記事は、京アニ制作アニメ『中二病でも恋がしたい!』のアニメ感想ブロガーの反応を叩き台にして、面白おかしく作品を語ってみようというまったく新しいレビューです。
以下、対話形式で記事を展開していきます。

記事内に原作ネタバレはありません。
それではどうぞ。続きを読む

「描写」論序説~ストーリーに先立つもの~

どうもご無沙汰しております。
ブログの方、更新停止状態ですみません。

今期の新番組は、まだあまり観れていないのですが、今日、『となりの怪物くん』というアニメの第一話を視聴しました。
的を射た意見ではないかもしれませんが、正直な感想を書かせていただくと、観ていていささか「ぎこちなさ」を感じました。
この「ぎこちなさ」の原因はなんだろう、と考えたところ、原作漫画の問題かもしれませんが、「ストーリーを成り立たせること」を意識しすぎて空回りしているのではないか、という推論に行き着きました。

いささか、この作品はストーリーを構築することに囚われすぎているのではないか、という印象を持ちました。
原作者が、ストーリーを頭の中で考えすぎているような気がします。
あるいは考えたストーリーを短い文章に言い換えているのかもしれません。
または細かいプロットに仕立てあげて、それをもとに画を作っているのかも知れません。

しかし、頭だけで考えた創作は例外なくつまらないし、
言い換えが簡単に効いてしまう筋書きの創作も、
プロットを練りすぎた創作もまた然り、です。

漫画やアニメイコールストーリーではないのです。ついつい漫画やアニメはお話ありき、と我々は思ってしまいますが、漫画やアニメがストーリーと「同義」ということはありえません。

描写の積み重ねが創作です。アニメにおいても、「描写」がキモであるといっていい。いかに自然に、自然な描写ができるか。アニメの価値はこれに集約されるといってもいい。
ストーリーへの過剰な意識、プロットの作り込みすぎが、自然に自然な描写をすることを妨げてしまっていると、現行のテレビアニメを観ていて時折思うのです。

『交響詩篇エウレカセブン』というアニメが、むかし放送されていました。
エウレカは異様に作りこまれたアニメでした。その作りこみ具合は理解できました。しかしわたしは、エウレカに対しても「ぎこちなさ」を感じていました。
「頭でっかちなストーリーとキャラクターだ・・・・・・」こう思ったのです。
良く言えば計算づくですが、悪く言えば、図式的。そんなストーリーとキャラクターでした。
キャラクターもストーリーもわたしには図式的すぎて、エウレカの画面の描写が不自然に感じられました。
少しずれますが、昨今のSF・ロボットオリジナルアニメのほとんどは、図式的なキャラクターやシリーズ構成から抜け出せていないような印象を抱きます。
(まあそれはまた別の話なので、次の機会に詳細に書きましょう・・・・・・)

わたしは今年のアニメでは、『夏色キセキ』がとりわけ好きです。
ひと言で言うと、描写が自然体だからです。
もちろん全体の構成の枠組みなどはきちっと決められていたと思うのですが、ストーリーに対する気負いがないのです。
『夏色キセキ』は、ストーリーよりも描写が先にあったアニメだと思います。
ついつい我々は創作において、ストーリーを絶対視してしまいます。しかし時には、ストーリーに描写が勝ることもある。わたしはそう考えています。

小説の執筆にしても、脚本の執筆にしても、ようは身体活動です。
頭の中で考え続けていても筆は進みません。
理想は、弾ける様に言葉が浮かんでこないとだめなのです。
ひとりでに筆が進んで行かないようじゃないとだめなのです。
構成を図にしたり、プロットをガチガチに固めることが、「自然に描く」という創作の上で大事な行為を阻害しているのではないかと思います。
そして肝心の自然に描写する、という技術は、これはもう身体で覚えるしか無いと思っています。

最近は図書館に入ると、一冊小説を読んでから帰るようにしています。
ル・クレジオ、バルガス=リョサ、ガルシア=マルケス、カルヴィーノ、ホフマンスタール、こんな作家を読みました。
すべては文章執筆のための体力づくりです。

「描写」という創作で一番大事なことを身体に染み込ませるには、大量に創作に触れるしかないのではないか。
わたしはそう考えています。


最近のわたしのアニメに対する最大の関心はこの「描写」という要素です。今後もこのテーマを考え続け、新たな書き物が生み出せたらなあ、と思っています。
同人誌告知
アニプレッション Vol.3 今回は富野特集として、特に富野監督を知らない方に向けて、富野作品と監督の良さを伝えていきたいということで、ちょっとした特集を組みました。
アニプレッション Vol.3(通販)
とらのあなで委託販売中です。通販で予約してお近くのとらのあなで受け取れば、送料なしで買えます。よろしくお願いします。

別冊アニプレッション 2000年代オススメアニメ各年別レビュー掲載! ピンドラ、けいおん、アイマス、Fateなどの考察を特集しています。現在、とらのあなにて通信販売中です。
別冊アニプレ 2011冬号(通販)
おかげ様で完売しました。ありがとうございました。

アニプレッション Vol.2 アニメを楽しく語る本です。今年、人気を博したまどマギ・タクト・あの花、3本のオリジナルアニメを中心に特集を組みました。
アニプレッション vol.2(通販)

アニプレッション Vol.1 2010年の人気作品を中心に語り倒した内容になっています。
アニプレッション vol.1(通販)
記事検索
参加者
失われた何か(おはぎ)
アニメーションの魅力を語れる場にしていきましょう!!
この空が消えてなくなるその日まで
ご連絡はikagayasaito@gmail.com迄
もす!(神酒原(みきはら) )
…人間の生涯に、何らかの価値があるとするならば、それはその何者かと戦うところにしかない。自分の代わりにものごとを考えてくれるイマジネーターと対決するVSイマジネーター ―それこそが人々がまず最初に立たねばならない位置だろう ――霧間誠一
妄想詩人の手記(おパゲーヌス)
アニメにおける「見せ方の良し悪し」と「価値のありか」をきちんと評価できるような記事を書いていくのが目標です。アニメは芸術たり得るか。そんな命題を常に問いかけながら、なるべく好意的にアニメと向き合っていきたい。
Phantom(柚木礼)
アニメの演出に興味があります。
FullHuRo フル・風呂
アニメ感想による「アニメ興行師」見習い中。良作・珍作・迷作の情報求む。記事内容の補足もtwitterでもやってます!
大好きなアニメを観て感じたこと、想ったことを大切にした記事を通して、色々な人たちと多角的に一つの作品やアニメ業界を見つめ、よりよい形で『アニメ』というものを付き合い、理解して行きたいです。
半熟ゆでたまご(クラッカ)
アニメに関する演出・作画の記事を中心に書いています。 背景が綿密に描き込まれていて一つひとつの動きを破綻なく描く作品より、 ハッタリ重視でアニメという空間ならではの演出を見せてくれる作品の方が好き。
今期はアニメから遠ざかってる人。来期は何がなんでも復帰したい。そして、そろそろ初投稿を。
『アニプレッション!!』が出す同人誌のイラスト担当。
かて日記-あにめな生活-(かてぽん)ぼくここ。ぼららら。
メルクマール (メルクマール)
Welcome to our adolescence.(サンキョー)
あにめっき(アンドルセン)
月別アーカイブ
その他
アニプレッション!!
アニ☆ブロぶろぐ
QLOOKアクセス解析
最新コメント
Twitter

anipressionをフォローしましょう